87歳で安らかに転生

思い残すことなく最期の時を迎える
 母の心臓が悪いと分かったのは4年ほど前になります。血圧が高く不整脈があり、大動脈弁狭窄症と診断されました。医師からは手術を勧められましたが断り、教祖様に一心におすがりすることを選びました。昨年の後半頃より発作が起こるようになりましたが、御供物を頂き、お救いいただいていました。
 


 5年前に父が亡くなってから、私ども子供たちのどの家でも良いので「一緒に住もう」と誘いましたが、「一人で大丈夫」と母の返事はいつも変わりませんでした。そこで、妹や弟の嫁、私の娘たちで昼間の訪問を曜日ごとに決め、夜間は私が宿泊して、できるだけ母を一人にしないように心掛けていました。母は、明日は誰々が来るのね、と毎日楽しみにしていました。
 そんな間隙を縫って心臓発作が起きたのか、本年の1月29日、居間で倒れていました。すぐに救急車を呼びましたが、到着した救急隊員に警察へ引き渡すと言われ、遺体は警察署へ運ばれてしまいました。一心に御神語奉唱をすると、おかげさまで母は解剖にならず、翌日自宅へ戻ることができました。
 警察で、冷たい場所に置かれていたのか母の体はとても冷えており、おでこの辺りに死斑が少し出ていました。
 私たちは御神水に御神塩を混ぜて何度も母を湯かんし、御神酒を口から頂かせました。家族が交代で霊救済の御神語奉唱を途切れることなく続けると、きゅっと締まった口がだんだん開いて顎が下がり、笑っているような穏やかな顔つきになりました。そして、おでこに出ていた死斑やシミ・しわが消え、ニスでも塗ったような艶のあるきれいな肌色になり、皆で驚きました。
 思い返すと、昨年の霊祭が終わった後、母は「いつもと違いとても気持ちが良い。すっきりした」と何度も言っていました。
 また8月下旬には、母の母(祖母)の生家はまだあるのか、と言うので、私は古い戸籍を頼りに千葉県市原市を訪れました。もうないと思っていましたが、冠木門を構えた大きな家の生家を探すことができ、当主に会うことができました。母の感謝の気持ちは代読ではありましたが、12月に御礼言上することができました。
 元旦には家族とともに本部教会へお参りし、家族18人が集まった新年会では孫たちにお年玉を配り、一人一人に話しかけて楽しく過ごしました。亡くなる前夜はぐっすりと休み、朝トイレに行ったら便秘が治り、お腹の中が空になったと言っていました。やりたいことはすべてできたように思います。
 また、母は常日頃、「誰にも迷惑はかけたくない。亡くなるときはコロッと逝きたいね」と話していたので、理想的な最期であったと思います。
 葬儀は母の希望で家族葬でしたが、親戚や近所の方たちが来てくださり、母のきれいな顔を見て驚いていました。火葬場では、年齢の割に骨量が多く、真っ白で、両側顔、顎、頭蓋骨がしっかり残っていると説明を受けました。すばらしい往生現象を見せていただき感謝しています。
 私どもに神霊教に導いてくれた母の気持ちに応えられるよう、これからも精進したいと思います。
(東京都 R.I)