東日本大震災 壊滅的被害の石巻市で助かる

yashiro家族全員の無事を確認
 3月11日、私は東松島市内にある施設で被災しました。地震は、今まで経験したことのない激しい揺れでした。
 地震直後、電気は止まり外部との情報が遮断され、時間だけがむなしく過ぎていきました。
 通信網が麻痺し、電話がなかなかつながらない状況でしたが、ほんの一瞬つながることがあり、家内や子供たちが無事であることを確認できました。
 


翌日の午前中、長男と再会することができ、妻は開北地区の広域消防本部の2階に、子供たちは蛇田地区のショッピングセンターにそれぞれ避難していることを知り、ホッと安堵の胸を撫で下ろしました。
 その後、私は自宅の被災状況を確認するため家に向かいました。自宅は津波で床上1メートルほど浸水し、冷蔵庫も倒れ、家具備品等が散乱していましたが、不思議なことにタンスとその上にある神棚は倒れてもいませんでした。
 また、普段御神語奉唱をする際、
教祖様のお写真が掲載されている神霊時報を立てかけていますが、その時報を入れているタンスの4段目の引き出しより上段はまったく浸水していませんでした。座り机の引き出しにも
教祖様のお写真が掲載されている時報を入れていますが、床上わずか高さ15センチほどの所にありながら、水没することなく無事でした。
 浸水した際、恐らく浮力で畳みごと机が一緒に浮き、濡れなかったものと思います。本当に不思議なことでした。
 しばらく避難所で生活していましたが、市内の避難所のほとんどが暖房器具もなく劣悪な環境である中で、私が避難していた広域消防本部では、暖房器具が完備され水洗トイレを使用することができました。
劣悪な環境の中、肺炎が快方に
 その頃、私は肺炎を患っていましたが、避難所生活であったにもかかわらず、御神力を賜り、有り難くも自然と良くしていただきました。
 振り返ると、その時その時で、最善の道へとお導きいただいていたと実感しています。
 石巻市は壊滅的な被害に見舞われましたが、
教祖様の御加護を賜り、家族全員無事で、その上、肺炎も良くしていただき、神霊教に御縁を頂いて、本当に良かったとあらためて感じています。
(宮城県 八城鉄兵)