日本再発見 第7回 自信と誇り

冬季オリンピックを観戦して
 バンクーバー冬季オリンピックは幕を閉じ、白熱した17日間がずいぶん前のことのように感じられるこのごろです。
 私たち家族が、住んでいるワシントン州から車で2時間、国境を越えバンクーバーに入ったのは開催期間が中盤にさしかかる時でした。
 街に繰り出すと、赤地に白いメープルの葉のTシャツや帽子を身に付けた人が、誇り高く陽気に闊歩し、わが夫と行ったホッケーとカーリングの試合では、各国の応援で人々は気分が高揚し、会場は一つになっていました。
 どの選手も母国からの期待と、このためにすべてを打ち込んで練習してきた努力のすさまじさが、息をのむような迫力となって観客にも伝わってきました。
 一足会場に足を踏み入れた途端、自分が日本人であるという意識が湧き、気持ちが高まってきたのを覚えています。


ここ一番での踏ん張り
 今回のオリンピックでは、鳴かず飛ばずの成績で終わった日本ですが、ここ一番で踏ん張りが利かない、というのが印象に残りました。
 元気のない日本、そんな言葉があちこちで聞かれたのは事実です。後援する企業の経済力が及ばなかったから、ハングリー精神がないから、等いろいろ推測されるところだと思います。
アメリカ人の独立心とあきらめない心
 アメリカでは、独立心と、何事もあきらめないでやればできるという自信を持つことが何よりも大事として、子供のころから教育されているようです。
 本人に才能があることに周りは惜しみなく賞賛と声援を送ります。「うちの馬鹿息子が」という言葉は聞いたことがなく、子供を誇りに思う、と胸を張っている人がほとんどです。
 最近の日本における育児のあり方も、「ほめて育てる」子育て論が主役になってきていると思います。
 自分の子供の長所を人に言う時は自慢にならないか、私はドキドキしますが、アメリカでは、これは普通のことなので戸惑う必要はありません。
 褒められて、「いえいえそんな」と言う方が慇懃無礼で、何を考えているか分からないとなりますので、「ありがとう」と素直に言うことにしています。
 ちょっと逸れますが「うちの愚妻が」という表現もダメです。夫婦は対等の関係であり、配偶者を蔑むようなことを言ったら、顔を曇らせてしまいますので、女性優位的なジョークを言うのが会話のコツです。
 また人にプレゼントをあげるときも「つまらないものですが」というと、なんでつまらないものをくれるのだとなりますから、「あなたが好きだといいのだけど」とか「あなたの事を思って買ったのよ」と表現を変えて手渡しています。
周囲に合わせるばかりではなく、強い精神力を身につけ、世界で活躍できる日本人に
 万事、日本の文化の根底には、控え目が美徳とされ、「能ある鷹は爪を隠す」それを違う表現で言うと「出る杭は打たれる」となりますが、こちらでは「能ある鷹は爪を見せる」「出る杭は才能があり賞賛される」となるでしょう。
 日本の控え目な美しさは、精神が正しく強く練磨されているときに素晴らしい品格を発揮するかもしれませんが、日本は今、「調和」という名のもとに、周りに合わせるばかりの神経質な人間が育っているように思います。
 そんな文化の違いにより、ここ一番で力を出せるかどうか決まると断定するのは単純すぎる見方かもしれませんが、世界の舞台で、日本の本当の力を発揮するために、他の国に追随されるような芯の通った日本を再探求し、生き方を見つけるべきではないでしょうか。