日本再発見 第6回 日系人の日本語教育

海外から日本を見てみよう
 ロスアンゼルスには1960年代から日本語補習校があり、日系人や永住者、駐在員子弟が週末や放課後に日本語の勉強を続けています。北米では現在も現地校と補習校の両立により日本語教育を受ける生徒の割合が多く、英語での勉強が主流です。
 そのような中で、1979年、米国カリフォルニア州のロスアンゼルス国際学園(International Bilingual School Los Angeles)は米国で生活する日本人の小中学生のための全日制日本人学校として創立されました。日本の教育課程に準じた教育が行われるとともに、ロスアンゼルスという立地に即し、バイリンガルスクールとしての教育内容が付加されていました。
 この学校には、駐在員子弟のみならず、教育理念に賛同される永住者、日系人、アメリカ人子弟も通学していました。


母国の言葉とともにこころを次世代に
 ここで、遠方から子弟をロスアンゼルス国際学園へ通学させようとする教育熱心な日系人保護者と出会いました。大学時代に日本への留学体験があるこの母親は、日本語の辞書を片手に学校から渡されるプリントに目を通し、質問してメモをとり、毎日の送迎のたびに、ご自身も日本語の勉強を続けながら子どもたちを通学させていました。
 日系2世の母親と日本語でコミュニケーションが取れなくなり、大学時代に大変悲しい思いをしたこと、それがきっかけで、日本へ留学して学んだこと、またその体験からぜひ、子どもたちに日本の文化を身に付けさせたいと思ったこと、子どもたちが日本語で祖父母と話ができるようにさせてあげたいと強く思っていることなど、全日制の日本人学校への入学動機を語られました。
 日本へ帰国する子どもたちと異なり、いずれは英語で高等教育を受ける生徒たちですから、補習校で日本語を学ぶという手段の方が効率的です。が、別の日系人の母親は「英語は後からでも話せるようになるけれど、日本語は小さいときに日本人と生活しないと微妙なニュアンスが分かりませんから、日本人なのに日本語が話せなくなってはどうしようもないです」と言い切っていました。
 日本人が使う日本語の微妙なニュアンスを求めていると知ったとき、この学校に通学する子どもたちが、日本語を言葉としてのみ覚えるのではなく、日本語で心のこもったやり取りができる日本人に成長できるような環境を作ってあげたいと思いました。
 ある日、子どもたちがジャンケンで勝った順番で好きな色の色紙を取り分けたときのことです。最後に仲良しの二人の子どもが残り、そのうちの一人が選び取ることがなかなかできませんでした。一人が取れば残りが友だちの分になるのです。「どちらか選んで」という返事は「私はどっちでもいい」でした。どちらがいいか分からない、好きな色がないから決められないのではなく、実は、自分が選べば残り物が友だちの物になって可哀想だから、私はどちらでもいいからあなたが好きな方を選んでいいわよ。というニュアンスの言葉でした。この時、日本から来た6歳の女の子から日系人の女の子はこの「どっちでもいい」という日本語の響きを感じ取ったようでした。
 Yes or No や I want ~ とはっきりと自己主張することを第一に求められる米国で、こうした人間関係があってこそ幼少のころから相手を気遣い、状況に応じて日本語が使い分けられるようになると思いました。