江戸しぐさ 第13回 真贋分別の眼

 今回は、何やら難しそうなタイトルが眼に入ってきましたが、ここで読む気をなくさず、しばしの間、お付き合いいただければ幸いです。
 「真贋分別の眼」とは、簡単に言えば、人や物事を見極める「判断力」のことです。
 人は、日々の生活の中で、自分の価値観があるのにもかかわらず、人と付き合う上での都合や、世の中の流れによって同じ方向に流されてしまいがちです。
 しかし、実際に自分の眼で人や物事をしっかりと見て判断しないと、結局は、「こんなはずではなかった!」と後悔の念を抱くことも多々出てきてしまいます。


物事を見極める「判断力」
噂や飾りに惑わされないように

 とはいえ、物事ならまだしも、人を善い人か、悪い人か、その人が正しいか、正しくないかなどと判断するのは、容易ではありません。そのために、普段からさまざまな人や物事に積極的に触れ、自分の判断力を向上させるための努力が必要です。
 とかく人という生き物は、噂を信じやすいものです。しかし、自分自身の眼に間違いがないという自信を持っていれば、おのずと周りに流されたり、惑わされたりせず、周囲からの信頼も得られる人間になれるのではないかと思います。
 大人になると、人や物事を判断するとき、その人についている「飾り」に目がいってしまい、その飾りによって、その人や物事を決め付けてしまいがちですが、子供というのは不思議なもので、「審美眼」とでもいうべき、人を見る眼を持っているように感じる時があります。
 その証拠によく子供と接している大人が「その澄んだ眼で見つめられると思わず恥ずかしくなって、目を逸らしてしまうよ」というような人の声を聞くことがあります。
 子供は人や物を「そのまま」の眼差しで見るため、大人よりも「見る眼」があるのではないかと思います。
 私たち大人も、噂や飾りに惑わされることなく、澄んだ子供の眼のように、自分自身を磨き、正しい判断のできる格好のいい人間になりたいものです。