今上陛下の誠実なお人柄

 今上陛下は、昭和64年(1989)1月7日、昭和天皇の崩御により践祚され、政府はその日の午後開かれた臨時閣議において新元号を正式に決定し、午後2時36分、新しい元号を「平成」と発表しました。
 昭和33年(1958)11月27日、皇太子明仁親王殿下と正田美智子さま(現皇后陛下)の御結婚が皇室会議において可決された後、同日の記者会見にて、記者から皇太子殿下の魅力について問われた際、美智子さまは「とてもご誠実で、ご立派な方で、心からご信頼申し上げ、ご尊敬申し上げて行かれる方だというところに魅力を感じました」と答えられました。
 美智子皇后陛下のこの御言葉を裏付けるような逸話を、いくつかご紹介してまいりましょう。


皇太子時代、タイにティラピアを寄贈
 日本国民統合の象徴であられ、優れた魚類学者として業績を各国で評価されておられる天皇陛下には、魚に関して、次のような逸話がおありです。
 皇太子時代、タイ王室からタイ国民のたんぱく質不足について相談を受けられ、養殖の容易なティラピアを50匹寄贈されました。タイではこのティラピアを大いに繁殖させて、バングラデシュの食糧危機に際して50万匹を寄贈しました。のちにこの魚には華僑によって「仁魚」という漢名が付けられたということであります。
被災した国民を励まされるため全国をご巡幸
 天皇皇后両陛下は、国内の自然災害発生時には、被災者を見舞われ、復興へ向けて励ましておられます。
 平成3年(1991)、雲仙普賢岳噴火の際には、島原からの避難民を床に膝をついて見舞われました。
 平成7年(1995)1月17日の阪神・淡路大震災の際には、地震発生から2週間後の1月31日に現地に入られ、スリッパも履かれず避難所の床に正座されて、被災者の話に聞き入られました。被災者に対して「今は苦しい時があるかも知れないが、いつかきっと幸福が訪れます。それまで地震なんかに負けず頑張りなさい」と励まされました。被災者は天皇陛下の慰めに涙を流したと伝えられました。この際には動転した被災者の少女が皇后陛下に抱きつくという出来事もありましたが、お咎めになることもなく温かく抱きしめられました。
 天皇陛下は、行幸の際にも心温まる逸話を残しておられます。平成19年(2007)の佐賀県行幸の際、到着された天皇皇后両陛下を出迎えた市民の一部が自然発生的に「君が代」を歌い始めた際には、その場に足を止められ、皇后陛下を促されて歌が終わるまでその場に留まられ、歌が終わると手を振ってこれに応えられました。
的を射たご質問に感激する園遊会参加者
 天皇陛下は御多忙な毎日であられながら俗事にも通じておられることで知られています。
 天皇陛下は、芸能音楽やスポーツ界関係者を招いて、皇居でお茶会や赤坂御苑で園遊会を催された際には、出席した各関係者に詳しい質問をされるそうです。そのため、天皇陛下に質問された出席者は「陛下が自分のことについてこちらがドキッとするほどお詳しいので恐縮に堪えません」などと記者団に感想を述べることが多いと聞きます。
陛下と国民は不離一体
 わが国は、天皇陛下を中心に、陛下と国民は不離一体の関係によって結ばれている国柄であり、国民の幸福はすなわち陛下の喜びとされ、いわば親子の情によって固く結ばれ、幾多の困難も乗り越えて繁栄してまいりました。この日本精神を世界に押し広めて、世界の人々とともに、21世紀の新時代を切り開いていくことが期待されます。