ひどい胃下垂がその場で治る

開教間もないころの貴重な体験
開教間もない昭和27年に、神霊教が東京に進出し、上野・桜亭における集会での貴重な体験をここに紹介する。
長野県に住む網野氏の自宅の近くに中島さんという40代のご婦人が住んでいました。このご婦人はひどい胃下垂で苦しんでおり、それが原因で顔色は青白く、起き上がることもできず、1年も2年も寝込んでいました。


ある時、治療のためにお灸の医者にかかったら、反対に10日以上も寝込んでしまうほどでした。
その様子を見て、網野氏は、神霊時報を見せることになりました。そうこうしているうちに、中島さんが大阪の偉い先生の所に連れて行ってくれと言ってきました。
その時の様子は、もはや医者ではどうにもならないため、すがりつくような思いがひしひしと伝わってきたのでした。
早速、網野氏は中島さんを連れて教祖様にお目通りすることになりました。当時、教祖様におかれましては月3回、西宮から上京されて上野の桜亭で集会を開かれ、多くの人々の悩み、苦しみを救っておられました。
長野から夜行列車で上野へ
ある日の夕方、網野氏はそのご婦人とともに東京に向かうべく夜行列車に乗り込みました。車内では何事もなく無事に翌朝、新宿に着き、その足で上野に向かいました。
桜亭にはだいぶ早く着いたため、控え室で待つことになりました。そこには火鉢があり、端の方に並んで座りました。
そして、朝早く着いたため、中島さんが朝食のおむすびを食べようとしました。ところが口へ持っていくと、ヒャッと一、二回腰を上げ、急にしゃっくりが出ました。幾度か続きました。
「もう治っている」
やがて、次の部屋へ通され、教祖様にお目通りをしました。
中島さんが、「ひどい胃下垂でもう2、3年寝込んでいて困る」と申し上げたところ、教祖様より「もう治っている。さっき、しゃっくりをしただろう。しゃっくりしたときに正常な位置にしてあげた」と御言葉を賜りました。そして「立て」とおっしゃられると、スッと立ち上がることができました。あれほど青白かった顔にも赤みが差しており、血液の循環が良くなっていることが分かりました。
中島さんはその日、嬉しさのあまり、網野氏とともに上野から宮城(皇居)まで歩いて行くことができました。
「真剣さが違う」
ところで、集会には3回も5回も来ている人もいました。そうした人たちの中から、「なぜ、たった一度で治ったのですか」という質問があったそうです。すると、教祖様から「信州から出かけて来る人は真剣さが違う。本当に良くしてほしい、治してほしい、と時間をかけて真剣になって来るから一回で良くなった」との御言葉がありました。
(網野さんの長女・宮本初恵さんの話)
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