肺気腫から救われる

asato私は、2、3年前から喘息の治療を受けていました。
1月22日、発作のため診察を受けましたところ、肺気腫と診断、即入院となりましたが、地区の皆さまの助け合いの御神語奉唱のお陰で29日には退院することができました。しかし、2月5日、再び発作で入院、そして20日に退院。ところが2月24日、激しい発作のため救急車で運ばれました。


一時は危篤状態に
3回も入退院を繰り返すうち、最後には危篤状態で集中治療室に入れられ、家族は医師から「今回は助けてあげられないかもしれない」と告げられたそうです。
妻は信仰至らぬ結果と深く反省して教会へ発願をお願いしたそうです。
幸い6日目に普通の病棟に移ることができました。あまりの苦しさにお見舞いに来た方から喉の手術をすると楽になると言われ、私の身勝手でその気になって妻に話したところ、猛反対されました。
私は手術を受けることを強く望みました。しかし、お見舞いに来た信者さんから手術に反対され、また、手紙でお見舞いを下さった方も「奥様の希望をかなえてあげてください」と書いてありました。
私は最初に絶対に手術を受けるつもりでいましたが、お手紙を書いてくださった方や、お見舞いに来られて自分のために心から真剣に話してくださった方々のことを思うと申し訳ない気持ちになりました。
教祖様に心を向けて一晩中御神語奉唱していましたら、体の中から何かがパッと抜けたと思ったら腰から背中そして肩までスーッと軽くなりました。これは何だろうと思い、御神語奉唱をそのまま続けていると、遠くの方から教祖様が見守っていただいているようで、「ありがとうございます、ありがとうございます」と夢中で繰り返していました。
止めどなく涙が溢れてそのまま寝入ったらしく看護師さんに「朝食ですよ」と声を掛けられて朝であることに気付きました。
その日の午後4時の回診で先生が「安里さん、喉が広がってきているので手術のことは考えない。そのまま順調にいけば酸素吸入もいらなくなるかもしれない」とおっしゃって帰りかけたとき「安里さん、命を大事にしてください」と言われました。
そのとき先生を通して教祖様の御声のような気がして胸がいっぱいになりました。その日の午後の食事からとれるようになり、体が回復していくのが分かりました。
3月いっぱい入院と言われておりましたが、3月19日には退院することができました。 
助け合いの御神語奉唱をしてくださった方やお手紙を下さった方、そしてお見舞いに見えて一生懸命にお話しくださった方にも感謝申し上げました。
生死をさまよっていた私でしたが、教祖様に一命をお救いいただき、心より感謝しています。
(東京都 安里 文一)
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