江戸しぐさ 第5回 不届きしぐさ

自己中心的な考えは最も嫌われた
最近は、自分さえよければ、人のことはどうでもいいというような人が多いように見受けられます。
江戸ではこのような考えを「不届きしぐさ」といい自己中心の根性を最も嫌ったといいます。「不届き」とは一般に行き届かないことをいいますが、江戸時代、「不届き」とは処刑の宣告文の末尾にある罪名の頭につけられていた言葉でもあるそうです。


お互いに助け合って暮らしていくことがモットーの江戸の人々にとって自分勝手なことは罪に値するほどの大きな問題だったのでしょう。もし当時の人々が現代にタイムスリップして来たなら自分たちの子孫がこのような状態に陥っていることにさぞ嘆き悲しむことでしょう。
自分勝手な行動をとる人が気付いていないことは、おそらくそのような行動をとることで自分自身の人間性が他人から疑われ、またその価値が低くなるということではないでしょうか。現実から目を背け、自分の醜い行動を強引に推し進め、無視していれば世の中は自然と進んでいくと勘違いしているからこそ、自己中心的な行動を平気でとることができるのではないでしょうか。
しかし、そうは問屋が卸しません。なぜなら、そういうことを人々がしていくことで世の中は悪化し、そのつけは、いずれさらに大きな痛手となって自分たちの大事な子孫に返ってくるからです。現代に生き、「不届きしぐさ」を実行している人々は、将来を見据えず、「今」しか見ていないからこそ、醜いしぐさを実行してしまうのでしょう。
江戸時代は現在に比べるといろいろなものが発達しておらず、日々の生活の中で不足しているものも多かったと思います。そのような中で人々はお互いに助け合い、共存共栄の精神で一生懸命暮らしていたのです。
それに比べ、さまざまなものに恵まれ、機械や科学が進歩している今だからこそ、私たちはお互いを思いやり、助け合って生きていくべきなのではないでしょうか。素朴で小さな努力こそ、大きな収穫を得られる一歩につながるのだと信じ、是非、素晴らしい未来を切り拓いていきたいものです。