聖帝・昭和天皇2

迫水久常参議院議員(当時)の講演から
戦後、陛下がアメリカ大使公邸をご訪問
会見後、マッカーサーの態度が一変する
陛下について、私はさらに感銘していることがございます。
それは昭和20年の9月27日、天皇陛下がマッカーサー元師を御訪問なさったときのことであります。
そのとき、マッカーサー元師は、まことに無礼にも陛下をお出迎えしませんでした。自分の部屋に、陛下を導いてそこで陛下と会見しました。
天皇陛下は握手しようと手をおさしのべになりましたが、マッカーサー元師は、その御手を受けようとしないで、手を後ろに組んだまま、傲然(ごうぜん)と陛下を見おろしたのです。


天皇陛下は、そこでこう申されたそうです。もちろんその時、私は居あわせておりませんでした。が、その時の内容はマッカーサー元師の手記にも書かれてありますし、また、石井光次郎衆議院議長や、堤康次郎さん、あるいは元外相の重光葵さんがアメリカへ行った時に、直接マッカーサー元師から聞いております。
責任を一身に背負い、国民を救うことを願う
天皇陛下の申されたことは「きょうは特別のお願いがあって来た。このたびの戦争で責任を負うべき者があるならば、それはことごとく自分が責任を負います。天皇たる地位も皇室の財産も、あなたが自由に処分されてなんら異存はない。しかし、現在、日本は食糧が欠乏している。自分は国民に餓死者が出やしないかと非常に心配している。どうかアメリカの特別の取りはからいによって、一人の餓死者も出ないようにしてもらいたい」と陛下は仰せられたそうであります。
その時、通訳した奥村勝蔵君は、やっとのことでその御言葉を訳しました。マッカーサーはその訳を聞き終わると、足早に天皇陛下の下に歩みよって、しっかりと陛下のおん手を握りしめはじめて「ユーアー・マヂェスティ(陛下)」という言葉を使って陛下に呼びかけました。
そして陛下がお帰りのときは、迎える時とはまったく反対に、ていねいにマッカーサー自身、玄関まで出て見送ったそうでございます。
陛下の私心のない御言葉に衝撃を受ける
マッカーサー「われ神を見たり」
この会見の後、マッカーサー元師は、当時内閣書記官長をしていた楢橋渡君に、次のような話をしたそうです。
天皇が自分に会いたいと申し入れられたとき、自分は『こんどの戦争に私は賛成しませんでした』、『協力しませんでした』などと、いろいろ陳弁しに自分のところへ来た、多くの元大臣あるいは元将軍などと同じように考えて、陛下ご自身が命乞いに来られるのだと思った。
だからこそ自分は、陛下が握手しようと手を差し出したのを受けようとしなかったのである。しかし天皇陛下のお言葉を聞いて、自分はほんとうに愕然としました。
「自分は今まで人間というものは、決して自身の欲望を捨て切れるものではなく、地位とか財産とか命とかいうものに、飽くまで執着するものであると考えていた。ゆえに人間は人間を救うことができず、神様だけが、いっさいの欲望を離れることができるから、人を救うことができるのだと思っていた。
ところが陛下のお言葉をお聞きすると、自分がいっさいの責任を負う。天皇の地位も、財産もいらない。ただ国民だけは助けてくれと仰せられました。
白分は天皇のこのお言葉は〝GOD〟すなわち『神』の声であると思った。この小さな人は普通の人間ではなく、〝GOD〟神ではなかろうかと思い、おもわず走り寄って、陛下の御身体を抱きしめたい衝動にかられ、やっとそれを我慢しました」とマッカーサーは語ったそうです。
このように天皇陛下は自分自身をお捨てになられて、御尽力なされたからこそ、今日の日本があり、われわれがあるのだと私は考えております。
昔の日本精神というものは、天皇に対する一点の曇りない忠義の精神だと教えております。そして忠義の例として赤穂義士の話等いろいろの例をあげているのです。
もとより天皇に対する忠義と、封建君主である浅野内匠頭に対する家臣の忠義とは、その質が根本的に異なっております。にもかかわらず、同列に置いたところに誤解が生じ、明治以後の教育の間違いがあったと思われます。
想うに日本の国の象徴たる天皇陛下に、一身を犠牲にする立場は、同時に国家に対しても一身を犠牲にする立場であります。そこに日本精神があったのだと思います。
畏くも天皇陛下の御決断、御英断によって今日のわれわれがあることを、一片も知らぬ現代日本人は、陛下に対する認識をまったく欠いております。
そこに現代の日本人が日本精神を失ってしまっている原因があるのではないかと、私は感じております。
このような時にあたり、本会の総裁である大塚寬一先生が全力をもって日本精神の復興に御努力なされておられることに、私は心から敬服いたしております。
私は先ほど述べました終戦当時のことを思い、日本精神の復興のために渾身の努力をかたむけてお手伝いするつもりであります。
どうか皆様も本当の日本の復興というものは、今日忘れられている日本精神の復興にあるのだということを、ご認識くださいまして、ご協力くだされることを、ひとえにお願い申し上げる次第です。
相ともに、一致協力して本会の大塚先生をお助けして、明治百一年の本年を出発点として、われわれは努力したいと念ずる次第でございます。