江戸しぐさ 第1回 江戸しぐさとは

お互いに仲良く暮らすための互助・共生の精神
最近、街を歩いている時や電車に乗っている時など、人にぶつかられたり、物を当てられたりするなどしても相手からの謝罪がなく気分を害することはないでしょうか。
それと同時に、あれほど世界で「礼儀正しい」と言われてきた日本人がいつから世界に驚かれるような「礼儀知らず」になってしまったのだろうと悲しい気持ちになます。
今日のように文明や科学技術が発達し、物質に恵まれた現代社会で欠けているものは何か、そう考えた時、頭に浮かぶのは人の「こころ」が失われているということです。


未来に伝えよう
日本人の素晴らしい心

では、昔の日本人はどんな心の持ち主だったのだろうか。そこで、焦点をあてたいのが現代の私たちに遠いようで近い存在といえる「江戸時代」に生きていた人々です。
江戸の人々は、「江戸しぐさ」と呼ばれる、当たり前であるが、非常に優れた日常のマナーを身につけ、自然と実行してきた。それらは、まさしく現代の日本人が忘れている、人々の「こころ」から生まれたマナーです。江戸に生きていた人々は、知恵を出し合い、どのようにしたらお互いが心地よく争うことなく生きていけるのかを考えたのです。その結晶がこの「江戸しぐさ」だといえます。その根本にあるのは、互助・共生の精神です。
ここに、いくつかの例を挙げてみると、「うかつあやまり」や「こぶし腰浮かせ」などがあります。
「うかつあやまり」は、道を歩いていてすれ違いざまに人にぶつかった時、こちらが「すみません」と謝る。すると相手も、「こちらも、不注意でぶつかってしまいました。すみません」と謝る。現代に生きる人々なら、相手の不注意ということで自分は謝る必要などないと思うかもしれないが、ぶつかられた側も自分もうっかりしていたからいけないと謝る。こうすることで双方が気分を害することなくその場を離れることができるのです。なるほど実に合理的で気持ちのいいマナーです。
また「こぶし腰浮かせ」は、電車で自分の座っている横に少し隙間があったとする。そこでこぶしもうひとつ分あけてあげることでまた誰かが幸せな気持ちになれます。
この二つの例に見られるように、私たちの先祖は、相手も自身も気持ちよく日々暮らせるように優れたマナーをつくり、子々孫々に伝えてきてくれた。現代に生きる私たちがその精神をしっかりと汲み取り活かしていくことが先祖への恩返しにもつながるのではないでしょうか。
次回からは、先人が残してくれた宝箱を開け「江戸しぐさ」の一つひとつに焦点をあてていきたいと思います。